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能登・白山

第5回目の記事は第3回目で登場した白山色の489系です。

1・2枚目の写真は最近まで走っていた急行能登の白山色時代の写真。
能登大宮 能登赤羽-11

1枚目は大宮、2枚目は赤羽での撮影。
大宮の撮影は他の夜行郡の撮影のついでに撮ったもので、赤羽で撮影した時は白山色がなくなるという噂を耳にして急遽撮りに行った覚えがある。なぜ赤羽で撮ったのか記憶がないが、多分終電の関係だろうと思う。
結局、白山色の能登はこの時が最後になった。

3・4枚目の写真は国鉄色に戻った頃の能登の写真。
能登赤羽-01 能登赤羽-02

再び赤羽での撮影だが、この頃は白山色から順次塗装が国鉄色に変更されている時で、1日置きに白山色と国鉄色が交代交代で上野に顔を出していた。
この日は国鉄色での運転日だったので、撮影しに行った記憶がある。今の俺なら消滅する白山色を狙って撮りに行ったいただろうが、この時は国鉄色を狙って撮りに行っていた。これから10年近く国鉄色で残るとは思ってもいなかった。
この撮影した年の3月の改正で能登の運転区間が福井から金沢に短縮された。

5枚目の写真は赤羽駅高架化工事で武蔵野線を迂回した時の写真。
能登迂回

1998年に赤羽駅の高架化工事で大宮~上野が運休になり、夜行郡が武蔵野・常磐線を迂回して上野まで運転された。これはその時の武蔵野線東浦和付近での写真。
当時は東浦和~東川口の超有名な撮影地を知らなかったので、家からすぐ近くのトコで撮影していた。
もっと引き寄せて撮れとか編成を全部入れろとか色々とツッコミ所はあるが、当時はこれで満足していた。

6・7・8枚目の写真は白山の現役時代の写真。
白山大宮 白山横軽-01 白山横軽-02

6枚目は大宮で撮った白山。白山は上下1本ずつの運転だったので、意外と写真を撮っていなかった。
7・8枚目は横軽で撮った白山の唯一の走行写真であり、横軽で撮った白山の唯一の写真でもある。
撮影日が1997年7月で、この年の10月に長野新幹線が開業しているので、横軽末期の姿。
当時、親に頼んで旅行がてら横軽に連れて行ってもらった。EF63牽引の正面からの写真が無いのは、丸山変電所付近からの帰り道に来て、カメラを用意出来なく後打ちだけになってしまった。
時刻表を持っていなかったのか失念していたのか忘れたが、もったいない事をした。

9・10枚目は白山色の編成をつかったあさまの写真。
あさま大宮 あさま上野

白山と能登の間合い運用でこの編成を使ったあさまが走っていた。残念な事に白山色あさまの写真はこの2枚しか撮っていない。当時はどの列車がこの編成で運転されるか知らず、たまたま来たのを撮っていた。
9枚目は大宮で撮影、10枚目は上野で撮影したもの。
上野の写真はボンネットのひたちと並んでいる写真。後にも先にもこの並びを撮ったのはこの時が最後になった。
今であれば激パになっているだろうが、当時は全く撮影している人はいなかった。
残念な事にあさまが切れちゃっている。多分現像時にお店の人に端を切られちゃったのだろう。ネガを見れば全部入っていると思うが、現在そのネガはどこにあるのか分からない。見つけたら写真を差替えします。
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